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2009年7月27日 (月)

「土佐は生きている」を読んで

今回は、ナカちゃんのブログ「土佐ローカリズムちや」の中の「土佐は生きている」を読んでの感想などです。

ナカちゃんにならって土佐弁で述べましょう。

「土佐は生きている」を先に読んでよ。

自由主義と勤王主義が並立するらあちょっと考えられんことじゃけんど、土佐ではあるがよね。

これは土佐の宝ぜ。

自由主義は、縄文時代からの自由な魂に始まっちゅうろう。

勤王主義は、四国にあった邪馬台国から来ちゅうにきまっちゅう。

これを普遍させたら、社会主義にも資本主義にも行き過ぎない社会、極論すれば、全体主義にも拝金主義にもならない社会が可能ながよね。

それは我々の邪馬台国から脈々と流れてきちゅう一君万民思想のなせるわざやろう。

支配は嫌うけんど、自分らあの象徴である天子(=卑弥呼)は何よりも大切にするがやき。

自分から卑弥呼の下に入るがは、支配されることとは違うがよね。

格差が問題となる現代ではなおさら、この一君万民思想が大事になるこた間違いないぜ。

土佐人は、ここのところに自信をもって、日本中、世界に発信していったらえいがよ。

根源に光を当てないかんぜ。

これまでの社会のあり方が間違っちょったがやき、(或いは少しずれちょったがやき)、土佐人は自信をもって大いに発言したらえいがぜ。

自分を肯定したらえい。

もちろん絶対化はいかんけんどね。

そうそう楠瀬喜多と頭山満は付き合いがあったがぜ。

頭山が「まだ生きておるか」と言うてきたら、喜多さんは「生き過ぎて困る」と返事したがやと。

土佐は生きている。

生きつづけていくことが大事じゃねえ。

PS 8月1日、午前10時より菜園場商店街「喜楽座」にて講談「龍馬と半平太」を語ります。(30分たらず)

千客万来、入場無料。

場所は、商店街を北に入って、西側の最初の角です。

よかったら聴きに来とうぜ。

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