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2010年11月15日 (月)

続・これからは知足共生の経済で

人間が生きていくには、様々な物やサービスが必要です。

それを円滑に行うために、通貨は考案されたのでしょう。

しかし今、マネーはそれ自体で膨張を続け、人間生活を破壊するようになっています。

どこで、間違ってしまったのでしょうか。

マルクスが資本論で分析したように、商品(W)の交換過程で通貨(G)が媒介する取引は、W-G-W'ですが、これが、マネー中心の取引G-W-G'になってしまったからではないでしょうか。

さらに今では、何の商品も必要としない為替取引G-G'になってしまっているからではないでしょうか。

マネーだけの取引が主流になって、人間は豊かになれるのでしょうか。

人間は、マネーで生きているのではないし、マネーが必要なのでもありません。

必要なのは、まず食糧であり、水であり、安全に生きていける環境です。

人間に必要なものをうまく供給できるやり方を構築するのが、経済の役割です。

マネーにしか興味を持たない経済や経済学者、経済担当者は退場すべきです。

まず、社会を市場とみなすのはやめましょう。

その上で、人類ができるだけ公平に分配し、生きていける方法を考えなくてはなりません。

こういうことを言うと、自分の力で稼いだものを持っていかれると、労働意欲がわかなくなるとか、財産権の侵害だなどと言う人が必ずいます。

「個人」は絶対なのでしょうか。

自分の収入は、自分だけのものなのでしょうか。

人々がマネーを奪い合い(殺し合う)社会より、分け合い共に生きていける社会の方がよいのではないでしょうか。

個人にとって、マネーは、自分の生存を維持するに足るだけあれば、よいのです。

持ちすぎた者は持たざる者に分け与えていくのが、当たり前なのです。

個人が独占しては、いけないのです。

「金は天下の回り物」

回す事で、みんなが豊かになります。

金持ちは、色々な方法で、(人を雇ったり、贈与して)、再分配していくことが求められます。

我武者羅に溜め込もうという人には、累進課税で、多くの税金を納めてもらうようにしなくてはなりません。

現在は、金持ちも持たざる者も幸せにはなれない社会になっています。

常に不安でおびえて生きなくてはならなくなっています。

人間は関わりながら生きていくしかないのですから、いい関わりを持ちたいものです。

自分のものを与えることでよい関わりを持てます。

中には、奪っていくだけで何も返してくれない人もいるでしょう。

そんな人からは、離れたらいいのです。

まず、与えて人生を豊かにし、与えることで幸せになりましょう。

今までの経済学批判には、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センの「合理的な愚か者」がよい示唆を与えてくれますし、進歩的活用理論のラビ・バトラも大切な思想を展開してくれています。(少し神秘的かもしれませんが)

しかし、大事なことはそんなに難しいことではありません。

できるだけ多くの人が「与える人間」になることです。

奪いつくして、孤独になるより、与えて豊かな関係性の中で生きましょう。

経済とは、与えることと見つけたり。

これからは、これで生きていくことです。

大げさですが、それが持続可能な社会を作ります。

そして、新しい世界を開きます。

「世界の夜明けぜよ」と高らかに宣言してみたいところです。

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コメント

こんばんは

この記事自体が貨幣にこだわりすぎな記事だとおもいますが…
金などないけど楽しいぜって人間に金の再分配をいってもね。多いよ、すでに貨幣経済からいやいやながらかもしれないけれどもさっていっている若い人達。

あなたの立ち位置が不明。


 

投稿: 高知 | 2010年12月14日 (火) 21時14分

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