恋愛

2006年6月23日 (金)

結婚と離婚の話

Shimamoto_r

占いの相談でも、かなりの割合ですので、少し考えてみました。

人は何故、結婚をする或いはしたいと思うのでしょうか?
相手のことが好きで、いつも一緒にいたいから。
二人で助け合って幸せな家庭を築きたいから。
何より、相手は自分のことを良く理解してくれて、相手といると満たされるから。

色々理由はあるにせよ、不幸になりたいと思って結婚する人は、まずいないでしょう。

でも本当に相手のことを理解していると言えるのでしょうか?
と言うより、人間というものを理解しているのでしょうか。
今は相手を理解しているかも知れない、しかし相手も自分も変化します。ずっと理解できていく保証はありません。

相手への愛情は、ちょっとしたことで冷める場合もあります。

相手と一緒にいることが苦痛にならないと、どうして言えましょう。

以前はうまく行っていたのに最近うまく行っていない夫婦を見つけるのはたやすいことです。

自分のことですらよくわからない面があるのに、自分ではない他人を充分に理解することはできません。
ましてや思い通りに動かすことなどできません。

結婚とは、わけのわからない、理解できないものと一つになること、つまり自分自身もわけがわからず理解できないものになることを意味します。今までの自分を捨て去る覚悟やグジャグジャになる覚悟がなければできないし、してはいけないもののように思われます。

しかも幸せになれるという保証はありません。
ギリシアの哲人ソクラテスは「結婚をしなさい。良い妻をもらえば幸せ者になれるし、悪い妻をもらえば哲学者になれる」と言っていましたが、哲学者になりたくて結婚する人はいないでしょう。

結婚は賭けなのです。
相手を愛していればどんな試練も乗り越えられるように思えます。
しかし、愛が冷めたら?
愛情を持ち続けるにはお互いの工夫と努力が必要です。

愛にも色々ありますが、容姿・体型などへの愛着はすぐに裏切られるでしょう。
性格に対する愛情も、自分のまったく知らない面を見せられて戸惑うこともあるかも知れません。

相手がどのようになろうと全てを受け入れて包んでいける愛、絶対的無条件の愛は神の愛(アガペー)とでも言うべきもので、人間にはとても持ち続けることはできません。
人間に可能なのは、ほんの少し、関係を深めたり、理解し合うために努力することです。
切れかかった縁を修復しようとすることです。
しかし、それも効力を発揮すると限りません。

結婚生活を維持できたのは、本人たちの努力の結果と言うより、単に運が良かったからだと言えるのではないかと思います。

夫としての自分が妻を大切にしてきたからだとか、内助の功だと思っていると足元をすくわれたり、歯車が狂うこともあります。
人間の世界には絶対はありませんから。

人間には自己愛があり、自分中心の発想をしてしまうことは避けられません。しかし、幸せになる保証もないのに、又、今までの自分をグシャグシャにして捨て去らなくてはならないのに結婚をすると言う人は、少なくとも自己愛・自我を多少はコントロールできて、また他者(伴侶)との間で調整・調和できる人でなくてはならないことになります。

それはもちろん、楽しいことばかりではなく、ある面で重荷を背負うことになります。

一応はこう言うことはできますが、結婚生活を維持している夫婦と離婚する夫婦に、何の差もないのです。
離婚する夫婦は、不幸がちょっと重なったくらいと言えるでしょう。

離婚の原因は何でしょうか?
本当にささいなことである場合もあります。
今の生活と離婚した後の生活を比べてみて、離婚した方がより幸せになるれる確信があるなら、離婚した方が良いでしょう。

離婚は決して人生の敗北ではありません。私だけが我慢すればいいなどと考えないことです。
自分だけが得すればいいと言う考えも許されませんが、自分だけ損をしていたらいいと言う考えも不自然です。不幸な状態は改善していけばいいのです。

仏教では「愛別離苦」、愛する人と別れる苦しみを説いています。愛してもない人と一緒にいる必要は何もありません。

結婚は一つの方便であり、自分の全てを左右するものではないことを知っておくと良いと思います。

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